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出産の体験談



3度の出産を経験し、3度とも違った感動がありました。

大家族のテレビを見ると、『楽しそう!私もたくさん子供がほしいな!』と思う反面。お金掛かるな〜。毎日戦争のような、ひっくり返った子育てが私に出来るかな〜?と不安になります。

でも私はそれ以前に自分が無事に出産出来るとは思えないのです。出産は、大きな責任感と、『何事もなく生まれてくるだろうか・・・』『もし大きな病気を持って生まれてきたらどうしよう・・・』『私が命を落とす事になったら、残された子供が、かわいそう・・・』と考えると、不安でしかたがないのです。

というのも、3回の出産で少し怖い経験をしてしまったからなのかもしれません。

マー君を出産した時、私は初めての経験もあり、何も考えずに出産する事が出来ました。でもその痛みは、私の想像を遥かに超え、頭が真っ白になってしまうほどでした。

その病院には分娩室が一つしかなく、私よりひと足早く陣痛が来た人が入っているからということで、分娩室が空くまで、待機室で陣痛と戦う事になったのです。

先生も看護婦さんも、分娩室にかかりきりで、残された私は、とっても不安でした。

私は本当に、痛みに限界を感じ、病室の壁をドンドンたたいて、看護婦さんに「生まれる〜!出る〜…」今思い出すと情けないやら恥ずかしいやら、スゴイ言葉がどんどん口から出ていくのです。

けれど、看護婦さんは「まだ5センチよ!まだまだ!がんばって」と言って、去って行きました。…私は戻れぬ道に足を踏み入れてしまった事を後悔しました。

しかし、なんだかんだと三時間後には出産を無事終えることが出来ました。生まれたばかりの小さな赤ちゃんを見ると、かわいいのと、嬉しいのと、安堵感で幸せいっぱいでした。

パパが出産を終えた私に、とってもやさしい声で「ありがとう」といってくれたのが、今でも忘れられません。あのパパのやさしい声は一生忘れない…。



ゴンちゃんを妊娠した時、妊娠三ヶ月で大出血をし、流産かと慌てて病院へ駆けつけました。診断の結果、全治胎盤で「出産まで安静に!」といわれました。

とはいうものの、まだ1歳のマー君がいるのに安静なんて出来る訳もなく、ただただ無事を祈りました。途中7ヶ月でも出血してしまい、薬をずーっと飲む事になってしまいました。

いよいよ出産の時。2回目は楽と聞いていたので、余裕で陣痛室でくつろいでいました。「今5センチやね」って看護婦さんに言われたときも、本を読んでいれるくらいです。

あの熱痛い感じの陣痛がやってきて、「やっぱり経妊婦さんは陣痛が進むの早いね〜」なんて言われながら分娩台に上がりました。

1回目とは比べものにならないくらい楽に出産しました。2回ほどいきんだらポンッと生まれました。

「わ〜!よかった〜!」と思って、赤ちゃんを眺めていると、先生の「あら〜、どうしよ!止まらんな〜、まずいな…」という声がだんだん遠くなって、目の前が暗くなっていきました。 

先生や看護婦さんに大声で何度も名前を呼び掛けられながら、遠のく意識の中で「死ぬかも・・」と思いました。気がつくと、ベッドの中。後からパパに聞いたのですが、看護婦さんが点滴の用意したり、血だらけのシーツを走って交換したりと、あわただしかったそうです。

私の母もその場にいて、「もう二度と出産せんときや〜。今度は死ぬで!」と言って心配していました。にもかかわらず三人目の出産を迎えることになるのです。

なっちゃんの出産は、あともう一息!という所までは、3人の中で一番楽だったのに、最後の最後、何度いきんでも出てこない。先生が、「へその緒が首に巻き付いてるな〜。2重に巻きついてるな」っていいました。

それを聞いて私はパニックってしまいました。赤ちゃんが酸欠で死んでしまったらどうしよう。大変な事になったらどうしよう…。

…1時間程かな、長かったです。なんとか無事に生まれてきてくれました。ホッ!と安心はしたものの、あの時の不安は今でもはっきり覚えています。怖かった…


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